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東京地方裁判所 平成元年(ワ)16662号 判決 1992年4月07日

主文

一  被告株式会社第六三経観光は原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。

二  被告らは原告に対し、平成元年一月二日から右建物明渡済みまで各自一か月金六九万円の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

五  この判決は第一、第二、第四項に限り、仮に執行することができる。

理由

一  請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、請求原因4について検討する。

1  《証拠略》によると、本件特約を含む本件賃貸借契約締結に至る経緯について次の事実が認められる。

(一)  原告代表取締役橋本明の父であつた橋本貫と被告第六三経観光は、昭和五一年三月一〇日、本件建物について、賃貸人を橋本貫、賃借人を被告第六三経観光、賃料を一か月三八万円、期間を二年六月、保証金を一五〇〇万円とする賃貸借契約を締結し、被告第六三経観光は、本件建物でいわゆるキャバレーを営業していた。

(二)  ところが、被告第六三経観光は深夜までキャバレーを営業した後、従業員を本件建物に宿泊させ、しかも右従業員が夜中に夜食を調理することがあり、その炊事が原因でたびたび火災報知器が作動した。また被告第六三経観光は深夜まで営業し、その後入口のシャッターを開け放したまま放置しておくことがあつたため、そこから浮浪者が入り込み、焚き火をしてボヤ騒ぎが生じたこともあつた。また、被告第六三経観光は、火災報知器を取り外していることもあつた。

橋本貫は、本件建物の階上に家族四人で居住しており、右のような状況に火災の不安を強く感じていたが、さらに、近隣の商店街や町内会からも、被告第六三経観光の客引きがうるさく、またその言動が下品であること、火災報知器が頻繁に作動したこと等につき苦情を受けることが再三であつた。

(三)  右のように、橋本貫と被告第六三経観光との間で度々トラブルが生じ、これにより橋本貫は多大の迷惑を被つていたため、被告第六三経観光に対し、本件建物の明渡しを求める旨の訴え(当庁昭和五四年ワ第五一四八号)を提起した。右訴訟においては、証人として橋本明を取り調べた後、継続使用を強く懇願する被告の意向を容れ裁判上の和解手続に入つたが、橋本貫は、これまでに生じた右(二)の問題行為をふまえて、本件特約を含む後記の特約をすべて守るならば賃貸借契約を締結してもよい旨を申し出たところ、被告が全面的に右条件を受け入れる旨申し出たため、橋本貫においても引き続きこれを賃貸することにしたが、これまでの経緯に照らし、個人が本件建物を管理するよりも会社が管理するほうが望ましいと考え、賃貸人を橋本貫から原告に変更し、さらに、被告第六三経観光の債務の履行を確保するため、被告第六三経観光の親会社である被告三経本社が、後に和解条項で定められる被告第六三経観光の債務を保証するように申し入れたところ、被告三経本社もこれを受け入れ、被告第六三経観光への賃貸を懇願するに至つた結果、原告及び橋本貫は、やむなく、被告第六三経観光、被告三経本社の懇願を容れ、同人らは、昭和五五年一二月二五日、右訴訟において次の内容の裁判上の和解をした(以下「本件和解」という。)。

(1) 橋本貫と被告第六三経観光とは、本件建物についての昭和五一年三月一〇日付賃貸借契約を昭和五五年一二月三一日限り合意解除する。

(2) 原告と被告第六三経観光とは、右同日付けで、原告を賃貸人、被告第六三経観光を賃借人として、次の内容の賃貸借契約(本件賃貸借契約)を締結する。

賃料 一か月五二万四一六〇円

共益費 一か月八万円

期間 昭和五六年一月一日から昭和五九年一月三一日までの三年間

保証金 一五〇〇万円

特約 原告と被告第六三経観光との間の本件賃貸借契約については、次の事項を信頼関係の基礎とする。

<1> 被告第六三経観光は、その従業員を本件建物に宿泊させない。

<2> 被告第六三経観光は、本件建物に自己の費用で火災報知器を設置し、その維持管理を怠らない。

<3> 被告第六三経観光は、従業員が客の呼び込みをする際、その人数を二名以内とし、本件建物前の路上に出ずに、原告の営業妨害をせず風俗を乱さない方法でする。

<4> 被告第六三経観光は、違法な営業をせず、関係官庁の営業停止処分を受けることのないように注意する。

<5> 被告第六三経観光が右<4>に違反し、自ら刑事処分を受け、また、ホステス以外の従業員が刑事処分を受けるような営業をした場合には、右の従業員の行為が原告に対する重大な背信行為とみなされても異議はない。

(3) 被告三経本社は、原告に対し、被告第六三経観光の原告に対する債務を連帯して保証する。

(四)  被告第六三経観光は、本件和解成立後しばらくは右の特約に従い本件建物に従業員を宿泊させなかつたが、本件和解成立後二、三年してからは、従業員を再び本件建物に宿泊させるようになり、昭和五八年五月二二日には、本件建物に宿泊中の被告第六三経観光の従業員が本件建物内で、夜食を調理したため、火災報知器が作動するという事態が発生した。

そこで、原告は、被告第六三経観光に対し、昭和六三年五月二七日、右の事実を指摘したうえ、従業員を本件建物に宿泊させることは本件特約に違反し、前記のような行為は原告に対する著しい背信行為であるから、今後かかる事態を再び生じさせたときは本件賃貸借契約を解除する旨を通知した。

(五)  被告第六三経観光は、右の通知を受け、直ちに原告に謝罪したものの、被告第六三経観光の従業員をその後も本件建物に宿泊させ続け、少なくとも、平成元年二月二五日、同年五月二六日、同月三一日、同年七月五日、同年八月一三日、同年一〇月一七日の六回にわたり本件建物に宿泊させた。

また被告第六三経観光は、本件建物に設置した火災報知器が原因不明の誤作動をすることから、平成元年一〇月ころには厨房部分の火災報知器を取り外してしまい、原告が本件特約を遵守するように催告しても安易にこれに応じなかつた。

(六)  そこで、原告は、被告第六三経観光に対し、平成元年一一月一日、右(五)の事実は原告に対する著しい背信行為に当たるので、本件賃貸借契約を解除する旨を通知した。

(七)  被告第六三経観光は、その後の平成二年二月一一日にも、本件建物にその従業員を宿泊させた。

2  そこで、右の各認定事実及び当事者間に争いのない事実に基づき、原告による右解除が正当であるか否かにつき検討するに、前記のとおり、橋本貫は、被告第六三経観光の度重なる不信行為にたまりかね同被告との間の賃貸借契約を解除したが、原告は、同被告の懇願を容れ、本件特約を同被告が遵守することを条件にして、橋本貫に代わり本件賃貸借契約を締結することとしたものであること、それ故にこそ、本件特約は本件賃貸借契約において敢えて「当事者間の信頼関係の基礎」として掲げられ、いわば本件賃貸借契約の根幹をなすほどに重要な事項とされており、被告第六三経観光においても十分これを認識していたにもかかわらず、同被告はこれに違反し、その従業員を頻繁に本件建物に宿泊させ、誤作動が起きるという理由だけで厨房部分の火災報知器を取り外し、これに気付いた原告が本件特約を遵守するように再三申し入れたにもかかわらず、被告第六三経観光はその従業員に対して本件特約の説明及び遵守の指導をせず、本件特約違反の行為を継続したのであるから、右の特約違反は原告と被告第六三経観光との間の信頼関係を破壊するものといわなければならない。したがつて原告の本件契約解除の主張は正当である。

3  これに対し、被告らは、(一)従業員は宿泊を繰り返していたわけではないし、一年に数回売上げ増大のためのキャンペーンを実施し、それが深夜に及ぶため本件建物内で数時間の仮眠を取つていたにすぎないこと、(二)火災報知器を取り外した動機は原因不明の誤作動が起きやすいためであり、それも厨房部分の火災報知器を一時取り外したにすぎないものであること、(三)その後被告第六三経観光は従業員の宿泊先を確保したこと、(四)本件建物で営業ができなくなつた場合、代替物件を探すのが難しく、また、風俗営業の許可も容易に取得できないことから、営業を続けることは不可能になり損失が大きいこと等を理由として、前記特約違反には背信行為と認めるに足りない特段の事情がある旨主張し、被告第六三経観光代表者黒沢も右主張に沿う供述をする。

しかしながら、右(一)の主張については、被告第六三経観光代表者黒沢の供述によつても前記キャンペーンは年四回各回一定の期間継続して行われるものであつて決して特殊例外的な事態とはいえないし、本件賃貸借契約における本件特約の前記のとおりの重要性に照らせば、被告第六三経観光の営業上、キャンペーンの実施とそれに伴う従業員の仮眠が必要であるならば、本来、別の宿泊設備を用意するのが相当であるし、仮にそうでないとしても、少なくとも本件建物において、仮眠を必要とする事情を原告に説明してその了解を得るべきであり、特に本件においては前記認定のとおり、原告から右違反行為を継続するなら本件賃貸借契約を解除するとの通告を受けていたのであるから、キャンペーン実施のために仮眠をとつていた旨の主張だけでは、背信行為と認めるに足りない特段の事情には当たらないというべきである。

また、(二)の主張についても、仮に右の事実が認められるにしても、右(一)の主張について検討した本件特約の重要性に照らせば、誤作動をしない火災報知器の設置こそを検討すべきであるから、右の主張だけでは、背信行為と認めるに足りない特段の事情には当たらない。

次に、確かに《証拠略》によれば、右(三)の主張事実が窺えるものの、被告第六三経観光が宿泊先を確保したのは、本件解除から二年を経過した平成三年一一月二六日のことであるから、右事実をもつて前記本件特約違反の背信性が阻却されるものではない。

さらに、原告は被告第六三経観光が本件特約に違反したことを理由に本件建物の明渡しを求めているのであるから、仮に右(四)の主張が認められたとしても、右事実は、そもそも本件特約違反における背信性を阻却ないし減ずる特段の事情には当たらない。

そうすると、原告の被告第六三経観光に対する本件建物の明渡しを求める請求は理由がある。

三  また、平成元年四月一日以降の本件建物の賃料が六九万円である事実、被告三経本社が原告に対し、昭和五五年一二月二五日、被告第六三経観光が本件賃貸借契約に基づき原告に対して負担する債務を連帯して保証する旨約した事実は、それぞれ当事者間に争いがないから、原告が被告らに対しそれぞれ平成元年一一月二日以降本件建物の明渡済みまで一か月六九万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める請求は理由がある。

四  次に、請求原因5(一)の事実について検討するに、原告は、平成元年四月一日から消費税法が施行されたことにより、被告第六三経観光に右同日以降一か月消費税相当分二万〇七〇〇円(本件建物の月額賃料六九万円の三パーセントに当たる金額)の割合による金員を支払う義務が生じた旨主張する。しかし、被告第六三経観光に右の消費税相当分の支払義務を認めるには、原告と被告第六三経観光との間で右の消費税相当分を支払う旨の合意が成立したことを必要とするところ、本件全証拠を検討するも右合意の成立を認めるに足る証拠はない。したがつて、右の点に関する原告の主張は理由がない。

五  よつて、本訴請求は、原告が被告第六三経観光に対し本件建物の明渡し及び被告らに対し本件賃貸借契約解除後の平成元年一一月二日から右明渡済みまで一か月金六九万円の割合による使用損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福井厚士 裁判官 川口代志子 裁判官 斉藤清文)

《当事者》

原告 株式会社 丸八

右代表者代表取締役 橋本 明

右訴訟代理人弁護士 長谷川泰造 同 飯盛健次郎

被告 株式会社 第六三経観光

右代表者代表取締役 大河原 哲 <ほか一名>

被告両名訴訟代理人弁護士 佐久間洋一

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